AI の質問
この人だ、と思った瞬間はいつでしたか?
工場の時計を直しに来てね。三度目に来たとき、時計、壊れてなかったのよ。私、気づいてたけど黙ってたの。あの人は最後まで気づかれてないと思ってた。六十年、言わなかったわ。
祖母
さくら はる / 1936 – 2021 ・84歳
「笑っておけば、たいていのことは通り過ぎる。」
1936年8月19日 ・0歳
誕生三人姉妹の長女。
1945年3月10日 ・8歳
人生の転機転機八歳。三日後に上野で再会した。
「あのとき見つけてもらえたから、私は人の顔を覚えるようになった」と後年語っている。
1954年4月 ・17歳
仕事事務。給料の半分を家に入れた。
向島の縫製工場
1978年1月1日 ・41歳
人生の転機その他以後四十三年、一日も欠かさなかった。
2021年2月14日 ・84歳
別れ八十四歳。最後の日記は前日の日付で、「晴れ。みんな元気。」とだけ書かれていた。
AI の質問
工場の時計を直しに来てね。三度目に来たとき、時計、壊れてなかったのよ。私、気づいてたけど黙ってたの。あの人は最後まで気づかれてないと思ってた。六十年、言わなかったわ。
AI の質問
みんなが家にいて、誰も何も喋ってない時間。あれがいちばんいい。
佐倉 ハル(1936年東京都 墨田区生まれ・2021年没、84歳)の記録からは、記録するという軸が最もはっきりと読み取れます。人生の向きが変わったのは 1945年の「東京大空襲。母と離れ離れになる」、1978年の「日記をつけはじめる」。記録全体を通じて最も多く現れる人物は佐倉 幸三で、最も繰り返し登場する場所は佐倉時計店です。記録は 1936 年から始まり、5 件の出来事と 7 点の記録が、11 の年にまたがって残されています。